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「はぁ〜・・・きったねぇ町だなー」

ブラッドフィンの港に着いて即、蒼兎が放った言葉がこれである。

「やっぱ棲んでるヤツに似るんだろーなぁ、ニンゲンの町ってのは」
「ちょ、ちょっ・・・蒼兎様っ!す、すみません、冗談ですよ〜あははは…」

遠慮の無い蒼兎の物言いに、辺りにいたガラの悪そうな人たちが一斉にこちらを睨む。
中には早々に手をポキポキ鳴らしはじめる者もいて、コロは得意の愛想笑いを浮かべながら、
蒼兎の手を引っ張り慌ててその場を後にした。



「蒼兎様、あんな言い方をされたら住人が怒るに決まってるじゃないですか!」
「だってホントのことじゃん」

きょとん、とまるで悪気の無い顔で見上げてくる蒼兎に、コロは頭を押さえた。
ひとまず大通りと見られる賑やかな場所まで逃げてきたは良いものの、
この調子で無自覚の毒を撒き散らされれば、いつ騒動が起こってもおかしくない。

「あのですね・・・僕たちは更に北の、争いが起きると思われる地を目指しているのであって、
自分たちから争いを起こそうとしてるわけではないんですよね?」
「とーぜん。俺は祭りに参加したいだけで、別に首謀者になりたくは無ぇし」
「でしたら!このような人の大勢いる場所では、なるべく控えめになさっててください。
それが人間世界の掟なんです」
「・・・めんどくせーなぁ、ニンゲンは」

ぶちぶちと文句をつく蒼兎だったが、やがて商店街とみられる通りを見つけると、
目を輝かせてショーウィンドウを覗き込みはじめた。
こうなるともう、一見するとごく普通の少女にしか見えなくなるので、
コロはちょろちょろ動き回る主人の後を追いながらも、ほっと安堵の息をついた。
・・・のも束の間。

「おいコロー!どこだ!?さっさと来いよ!」
「は、はひっ!・・・・わぶっ、すみませ・・・あだっ」

小柄な身体をフルに生かして人混みをすり抜けていく蒼兎を追いかけるのは、思った以上に難しい。
しかも故意か無自覚か、人の波を逆流するように進んでいくため、
コロは人を掻き分け掻き分け、ぶつかっては睨まれ時には叩かれ蹴られながらも、
懸命に主人の元へ辿り着こうと格闘していた。

「も〜何してんだよ・・・10秒以内に来なかったら飯抜きだからなー!!」

そう叫ぶと、なんとも情けない声が人混みの中から聞こえてくる。
手前を歩く人の中には、迷惑そうに顔を顰める者や、
蒼兎の外見に似合わぬ乱暴な物言いに目を見開く者もいるのだが、
当の本人は全く気にしていない様子だ。
人の流れに飲み込まれそうな執事の様子を、苛立ち半分、楽しみ半分に眺めている。

そうしてようやくコロの姿がはっきり見える程に近づいてきた時、
――ほんのわずか、蒼兎の眉がつりあがった。


「はぁ、はぁ・・・そ、そぉとさま・・・お待たせしちゃって、」

額の汗を拭いながら主人の元へと駆け寄ってきたコロの言葉を片手で制する。
そのまま無言で手を掴み、手近にあったアンティークドレスの店に素早く身を隠す。

「ど、どうかなさったんですか?蒼兎さ・・・」
「しっ、黙ってろ馬鹿」

とびっきりゴージャスなドレスの影になるように2人して身を潜めていると、
ドアの外で数人の男たちが、辺りを見まわしながら慌しく走っていくのが見えた。

「・・・今のは?」
「さぁな。どうもつけられてるっぽいから巻いたけど、あの様子じゃ結構前からマークされてたみたいだな」

どこか楽しげな蒼兎とは対照的に、コロは自分の顔色が一瞬にして悪くなるのを感じた。

(港での事を根に持って・・・とかじゃ、ないよね。やっぱ・・・)

恐らくは、いや、まず間違いなく『売人』の一味なのだろう。
都市伝説にもなるくらいだし、御者のおじさんも心配していた通り、蒼兎を狙っているに違いない。

(どうしよ・・・蒼兎様をお護りしなきゃいけないのに、つけられてる気配すら感じ取れなかった・・・)

自分の無能さに涙ぐみそうなコロの心情などお構いなしに、
蒼兎はさっさとショッピングモードに気持ちを切り替えたらしく、
豪華なアンティークドレスの品定めに夢中になっていた。

「お嬢ちゃん、良かったら試着してみたらどう?」

黒生地に白フリルのオーソドックスなドレスを見上げていると、
店主らしいおばちゃんが親しげに声をかけてきた。

「このドレスは700年代にデザインされた型でね。
ちょっと値段は張るけど、お嬢ちゃんみたく気品のある娘さんにはピッタシだと思うんだけどねぇ」
「うーん・・・蒼兎、こんな綺麗な服似合うかなぁ・・・?」
「ともかく一度着てみるのが一番よ!さ、さ、こっちへどうぞ。お連れさんはそこらで待ってて頂戴ね!」
「は、はぁ・・・」

すっかり猫かぶり状態になった蒼兎を気に入ったのか、おばちゃんは丁寧に飾り付けられていたドレスを
豪快にマネキンから脱がし取り、そそくさと奥の方へ引っ込んで行ってしまった。

「・・・・・・」

完全に取り残される形になったコロは、仕方なくそこらの商品を観賞しながら時間を潰すことにした。
淡いピンク地で花のようなドレス、濃ブルーのサテン地が艶やかなドレス、赤地に白レースが愛らしいドレス・・・。
大店には劣るだろうが、それでも臍(ネーブル)の海一治安が悪いとされる町には凡そ不釣り合いに思える程、
この店には良い品が揃っていた。

(貴族の固定客でもいるのかな・・・)

何しろ品が品なだけに、一般的な庶民にはあまり売れそうにない。
難しい商売であろうに、あのおばちゃん、なかなかやり手の商売人らしい。

(人は見掛けによらないってことだな)

うんうん、と一人納得して、ちらりと壁掛け時計の方を見やる。
気付けば、もう20分近くもドレスを眺めていたようだ。

(・・・遅いなぁ、蒼兎様・・・)

ふあぁと大きな欠伸をしてから、ふと、馬車屋が語ってくれた話を思い出す。


――ブラッドフィンで信用できるのは、時間と金だけだ。
人間は、まず信用しちゃならん。見た目と雰囲気に騙されるな――


「騙されるな・・・かぁ」

自分みたいな人間は騙されやすいんだろうなぁ、などとボンヤリ思うコロだったが、
やけにシンとしている店内に、段々と不安な気持ちが大きくなるのを感じる。

(もし・・・)

もしも。あの、見るからに人の良さそうな恰幅の良いおばちゃんが、売人一味とグルだったら?
わざと巻いたと思わせ、この店にうまいこと誘いこんだ後、
言葉巧みに少女だけを奥へ連れこんで、売人たちに引き渡す役だったとしたら?

「まさか・・・まさかね」

でも、有り得ない話ではない。
どこかで読んだ小説にも似たような手口が書かれていたし、
それに第一、この町は『話しかけた少女が殺人狂だった』なんて伝説が生まれるような場所だ。
話しかけてきたおばちゃんが人拐いの一味でした、なんて展開は充分有り得る。


頭の中で、最悪の事態が駆け巡っていった。


「そんな…っそ、蒼兎さまぁあーー!!?」

もしそれが単なる妄想で無いとするならば、もはや一刻の猶予も許されない。
コロはあらんかぎりの声量で主人の名を呼び、二人の消えた店奥に続く扉を、勢いよくこじあけた。

・・・が、目の前に現れた光景に呆然として立ちすくむ。


「蒼兎さ・・・ま・・・?」


「・・・なんだよ」


開いた扉の先、こぢんまりとした衣装室の中には、
完全に生きたビスクドールと化してる蒼兎と、それに喜々として飾り付けをしているおばちゃんがいた。