――匂いがした。

どこかずっと遠くの方から、錆びた鉄屑のような、キツイ匂い。
遥か離れたこの地にまで届くほどの、強い匂いが。

(…戦乱か…)

元々不安定であるこの世界に、巨大な亀裂が入ったのは、いつの事だったろう。
記憶にないほど昔なのか、それとも興味がなくて覚えていないのか。

…自分の場合は、まず間違いなく後者なのだろうけど。

(まぁ、別に俺にはカンケーないし)

この世界の行く末など、興味ない。
ただそれまでの過程が楽しければ、それでいい。

欲しいのは刺激。
単調な、平穏な生活など趣味じゃない。
だから自分はここにいるんだ。
あの退屈な日々から逃れるために。
毎日毎日、薄暗く陰気くさい城の中で繰り返される、興の無い生活。
在るのは永遠に近い時と、獣の匂いと・・・心に巣くった孤独だけ。
片っ端から読んだ書物も、取り寄せた様々な玩具(おもちゃ)も、
一時の気晴らしにはなれど、心を満たしてくれるものは無かった。

だから、この世界を見つけた時、
どうしようもなく興奮している自分に気が付き、驚いた。
ここならきっと、自分を楽しませてくれる何かを見つけられる。
本能的に直感した。
俺は、ここに行かなければならない、と。

直感は当たった。
そして、それは今も変わりはしない。
現にまた、何かが俺を呼んでいる。
退屈を感じさせないくらい楽しい事が起こる予感がする。

自分でも気付かないうちに、笑みが溢れていた。

「蒼兎様…?」

傍らで常に仕えている執事がそれに気づき、不安げな声を出す。
だがその声にいつもとは違う怯えの響きを感じ、俺は一層笑みを深める。

「わかるか…お前も」
「…血のような匂いがします」
「そうだ。争いの、禍いの匂い。ここよりずっと北の地で、何かが起ころうとしている」

すい、と視線を窓の向こうへやると、夕闇に染まる町並みが、やけに儚いものに見えた。

「…この町の空気にも、そろそろ飽きてきたな」

その言葉の意味を理解したのか、執事は黙って頭を下げ、
バタバタと慌ただしく部屋を後にする。
相変わらず、有能なのか無能なのか、判断に迷う奴だ。
先とは違う笑いがこみあげてきて、肩が揺れる。

いつの間にか擦り寄ってきた犬蟲が、小さく鼻を鳴らした。
その頭を軽く撫でてやりながら、近く起きるであろう赤い宴に思いを巡らせる。


「どうせなら、とびっきり楽しい宴にして欲しいぜ」



町の方から、闇夜を告げるもの哀しい鐘の音が聞こえた。






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